読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Inside the gate

米海軍横須賀基地でお仕事をしたいと思っている人達のためのサバイバルガイド。情報が古いということが玉に傷です。英語学習や異文化に関するエッセイも書いています。

中年になって最強のchick lit "Dear John"を読んで感じること

chick lit=若い女性向けの本。たいてい女性に都合よくストーリーが進み(女性目線)、べたべたに甘かったり、あるいは感情的な描写が冗長だったりくだらなすぎて、男性にはその良さが理解しがたいもの。

<例>chick litの濃度を物語る表紙

f:id:usmilitarybase:20170205220939j:plain

上の画像はすべてニコラス・スパークス氏の作品です。

ニコラス・スパークス氏の他の著書を高校(特に女子高)の英語のリーディングの教科書にすすめたい一冊 - Inside the gateという記事で紹介しました。教材としてはよいのです。


単語をひたすら書いて覚えるよりも、文章の一部として覚えた方が身につきやすいし、実際に自分が話す時にも使いやすいでしょう?(ひたすら書くなら、単語単位ではなく文章単位で書いた方がよいと私は思う)
覚えているだけで使えなかったら意味ありません。難解な用語を用いたせいで脳が拒否反応を起こした既習の文法や表現も、小説を読むことを通じた場合、すっと入ってくるかもしれない。
だけど残念ながら女子高校生の心では、ニコラス・スパークスワールドは堪能しきれないでしょう。もう一度言います。教材としてはよいのです。

女子高校生の経験値で、どこまで理解できるのか

彼女達はまだ若くて、西野カナの書いた歌詞に涙したり、共感するステージに立っています。彼女達の心臓は若くて新鮮で、深い傷も負ったことがなく、ぷるんぷるんとしています。ごく稀に感受性が豊かで早熟な子もいるでしょう。
そういう子を除いて、西野カナワールドにどっぷりと浸る世代の子達が、例えばこのDear Johnを読んだところで、妻に捨てられた後、自分の障害に理解のない息子に時につらくあたられながらも、できることを必死で息子のためにしてきたJohnの父親の愛の深さにじ~んとしたりするだけの土壌が心の中にできあがっているとは思えません。
だからこそもう少し年齢と経験を重ねてから、再び読んでみてほしいです。英語力と経験値が釣り合ってきた時には、教材としてではなく小説として楽しめるから

misty island evening ~ Southern Outer Banks


話は少し脱線しますが、私は山田詠美さんの「放課後の音符(キイノート)」を初めて読んだ時、21歳でした。
「この本を14歳くらいで読んでいたら、私の青春は全く違ったものになっていただろうな」

もっと早く出会わなかったことを残念に思いましたが、21歳の時でよかったのでしょう。もっと若い頃に出会わなかったということは、縁がなかったのです。私の人生には必要のないページだったのでしょう。
「夏休みはジントニックを飲んで恋をしていたわ」とか高校生の私がほざいたら、周囲は引いてしまいます。そういうことを言ってもしっくりくる/許される類の女ではなかったから。

Savannahという女性がここまで特別な理由

【注意】ここから先、ネタバレ
Dear Johnを読んでいてもSavannah(Johnが愛した女性)のどこがそんなによいのか、よくわからないままでしたが、Johnと父親との永遠の別れが近づくにつれ、ようやく理解できました。彼らが親子として深く結びつけたのは、Savannahに出会ったからこそなのです。
Johnの父親は自閉症(アスペルガー?どちらか忘れてしまいました)で、それにまったく気がついていなかった(知識がなかった)ため、Johnは父親につらく当たってしまいます。そしてSavannahと出会い、自分の父親が障害を持っていることを知るのです。
Savannahにその話をされた時は「じゃあ俺の家に来たがったのも、アスペルガー患者の例として観察したかったからなのか!!!」「檻の中のゴリラを観察するようなものだったんだろう!」と激怒したJohnですが、時間が経つにつれて、Savannahに感謝するようになります。

スポンサード リンク

 
父親の病気を自分が認知して理解できたことにより、それまでは「いつもコインしかしないつまらない男。これなら母親が出て行ったのも理解できる」とまで思っていた父親への接し方を学び、父子の距離が縮まったのです。
JohnとSavannahのロマンスを中心に展開するストーリーでしたが、私が一番印象に残ったのは、そのロマンスの裏側にあった、Johnと父親の歩みでした。

原作と映画では異なるエンディング。それもまた面白い

父親が遺してくれたものをJohnはきっとああいう風に使うんだろうなぁ・・・だけどそこまでお人好しにならなくてもいいのに、と考えながら後半部分を読みました。頭の中には自己犠牲の四文字がこびりついて離れませんでした。そしてJohnは私の予想を裏切らない使い方をしてしまいました。
ただしその先が原作と映画では異なるのです。

www.youtube.com原作のエンディングは、悲しいけれどどこか温かく、きっと最後にはこの二人は一緒になるんだろうなと感じさせるものでした。だけど映画のエンディングはハッピーエンディングですよね。こういうのもよいと思います。
映画版をまだ見ていない理由ですか?
原作を読んでいた時に私が頭の中で膨らませ続けたSavannah像(山間部の自然豊かな場所で育った、ちょっと訛りのある世間知らずな可愛い女の子)が、映画でSavannahを演じたAmanda Seyfriedとは全く違うタイプのため、映画を見る気にならないからです・・・。

Dear John

関連記事