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Inside the gate

米海軍横須賀基地でお仕事をしたいと思っている人達のためのサバイバルガイド。情報が古いということが玉に傷です。英語学習や異文化に関するエッセイも書いています。

渾身の一冊ってこういうものだと思った

良かったもの/気になっているもの

ずっと興味を持ちつつも、なぜか手に取ることのなかった「生きながら火に焼かれて」を読んだのですが、感動しました。最後に光が見えて、救われました。
もっと早く読めばよかったと思いましたし、今年もあと残すところ約4ヶ月ですが、個人的にはこれがbook of the yearになりそうです。まだ色々読むけど。

「名誉の殺人」

現在でも時々ニュースで耳にする「名誉の殺人」ですが、イスラム教にはこのようなことを奨励する教えは存在しません。イスラム教社会の中でも完全に取り残されてしまっているような小さな閉ざされた世界(本書ではシスヨルダンと呼ばれている場所。「ヨルダン川のこちら側」という意味の地名ですが、当時実効支配はイスラエルがしていたようです)を、男達が自分達にいいように支配していくために始められた悪しき慣習なのです。

女性が一人消えるくらい、あの村ではなんでもないことなのだ。村の人々は皆、女性も含め、男達の決めた法に賛同している。名誉を汚した娘を殺さなければ、その家族は村の人々から見捨てられ、口さえもきいてもらえなくなる。そして最終的には家族は村を離れなければならない。

この名誉ですが、例えば結婚前の若い娘が男性と視線を合わせた、言葉を交わしたなんてことがばれただけでも傷ついてしまうものなのです。そういうことをした女の子は「シャルムータ(売女)」と呼ばれ、家族の恥となり、この女の子を殺すことが「名誉の殺人」になるのです。

「恋した男性を失いたくなかったから、拒めなかった」

結婚しても、父や兄弟の支配から解放されただけであって、結局次は夫の奴隷になることには変わりないのですが、この閉ざされた世界では、結婚することのみにより女性が手に入れられるものがありました。ささやかな自由です。

結婚すればお化粧もできるし、商店に買い物にも行ける。夫の運転する車の助手席に座り、街へも出かけられるようになる。この自由さえあれば、どんなひどいことにも耐えられるだろう。パンがほしいと思えば、この扉をくぐってパンを買いに行くことができるのだから。

だからこそスアド氏は早く結婚したいと思っていました。
お化粧したい。綺麗な洋服も着たい。だけど順番としては姉の方を早く嫁がせる必要がありました。
こうして結婚を焦り始めていた17歳のスアド氏が、自分と結婚したがっている男性がいるという話を聞いてしまいます。これがスアド氏の運命を決めてしまいました。
この男性が近所に暮らしているということを知ったスアド氏は、彼を見て好きになってしまったのです。恋に恋をしていたのかもしれません。「女は家畜以下」と言い放つ実の父親のもとを離れ、人間としての喜びを享受できる生活への唯一の切符である結婚。当時のスアド氏のような若い女の子がその結婚を切望してしまったあまり、盲目になってしまうのは無理もない話でした。
そしてスアド氏はその男性と二人きりだけで会うようになるのですが、これだけでももうスアド氏はシャルムータです。さらにこの男性に肉体関係を求めらる度にスアド氏は「彼を失いたくない」という理由で受け入れてしまい、妊娠してしまいました。そして彼は恐れおののいてスアド氏を見捨てました。

日に日に大きくなるお腹。そして失敗に終わった名誉の殺人

両親から妊娠を疑われ始め、最初はうまくごまかしていましたが、もうごまかしきれなくなってきました。子供の父親も逃げてしまいましたら、誰にも頼れません。何度も石をお腹にうちつけて、子供が流れることを祈りましたが、子供は生き延びました。

そして両親が不在のある日のことでした。
スアド氏の妹が名誉の殺人で殺された日も、両親は家にいませんでした。これを実行する日はそういうことになっているのです。
一人で洗濯をしていると義理の兄がやってきました。「やけに腹がでかいな」などと言いながらにやにやしていたと思ったら、スアド氏の頭がひやっとしました。そしてその瞬間髪の毛が燃え始めていました。
奇跡的に一命はとりとめたものの、収容された病院では、医師も看護婦達も治療の意思はまるでなさそうで、むしろスアドを厄介者のように扱い、自然に死んでいくのを待っているようでした。
母親がこの病院にやってきましたが、スアド氏を見舞うためではありません。毒薬を飲ませるためです。
「さあ、家族のために」といって飲ませようとしましたが、医師に見つかってとめられました。スアド氏はここでもまた生き延びたというわけです。
火傷した皮膚は化膿が進み、病室には吐き気がするほどの異臭が漂い始めました。耐え難い苦痛の中、お腹にナイフが刺さったような痛みがしたと思ったら、子供が産まれていました。七ヶ月で生まれてきたその子は男の子で、マルアンと名づけられました。

新天地ヨーロッパでも苦悩は続く

人権団体で働くジャックリーヌの尽力により、スアド、マルアン親子はヨーロッパに逃げ出すことができました。もちろんヨーロッパ行きの飛行機の中でも、スアド氏の皮膚から漂う悪臭に乗客達は眉をひそめました。
マルアン君は自分達親子を受け入れてくれた家庭の養子となり、スアドも新天地の文化に徐々に慣れ、仕事も始めて自立しました。
愛する男性と結婚し、再び妊娠。この時は妊娠したことが嬉しくて、お腹が目立つ格好をして喜んだそうです。初めての妊娠の時とは正反対ですね。こうしてスアド氏の人生は好転したかのように見えました。だけど幸せを手に入れたからといって、苦悩・苦痛から解放されることはありませんでした。

二人の女の子を授かり幸せな結婚生活を送っていたように見えました。
だけど火傷痕を隠すために年中長袖とパンツで全身を覆っている自分には、可愛い我が子達をプールに連れて行ってやれなかったり、義理の家族とリゾートに行っても、義理の家族が自分に気を遣ってビーチに出なかったりするのを見て、心苦しかったそうです。

そして火傷の痕を見ようとする娘達。見せたら見せたで「ママはどうしてこうなっちゃったの?」という質問をされてしまう。

「どこまで話していいのだろう」
「ここから先はもっと大人になってから・・・・マルアンのことはなんて説明したらよいのだろう」
そんなことをずっと一人で悩んでいたのです。

マルアン君との再会、娘達への告白

マルアン君との再会の夜。

「その火傷は僕のせいなんだね」とマルアン君は言いました。

「違う、そうじゃない」

14歳、15歳の頃はスアド氏がそばにいてくれないことを、養父母のもとで暮らしながら恨んだというマルアン君。こんな話をしているうちに、彼と二人の妹達という、三つの人生が交わりあう時が来たのだと、スアド氏は思いました。
マルアン君と彼の恋人、自分の娘達との夜をセッティングしたスアド氏。そしてついに三人が顔を合わせた夜、二人の娘達はマルアン君が兄であることをまだ知りませんでした。
「ママがいた養父母の家に住んでいた、優しい男の子」ということになっていましたし、マルアン君もそのように振舞っていました。

その夜の帰り道、二人の娘達はおおはしゃぎでした。
「マルアンに次に会えるのはいつ?!」
「マルアンって本当に感じいい、私、大好きよ。優しいし、かっこいいし・・・」

そしてスアド氏は、娘達に本当のことを打ち明けました。
「そうね・・・・ねえ、ママが火傷を負った時に妊娠していたって話したでしょう?覚えてる?」

三つの人生が交差しました。


1冊でも多く売るとかじゃなくて、自分が愛した人達に一番読んでほしくて書かれた本にしかないものってあるんだなぁと思いました。