Inside the gate

米海軍横須賀基地でお仕事をしたいと思っている人達のためのサバイバルガイド。情報が古いということが玉に傷です。英語学習や異文化に関するエッセイも書いています。

グーグルマップのない時代に留学していたおばさんの戯言

もうすぐ5月だから語学留学時代のお話でもしましょうか。おばさんの昔話だと思ってつきあってやってください。

私が留学先に向けて出国したのは、5月1日でゴールデンウィークの真っ最中でしたが、海外旅行に行く日本人達の出国ラッシュの後で飛行機はがらがらでした。
一週間ほど現地の知り合いの家にお世話になった後すぐにアパートに移りました。7月までは誰も入ってこないため、それまでは6人向けの部屋を一人で使うことになりました。
「一人で怖くなったらいつでもうちに泊まりに来ていいんだからね」と知り合いに言われましたが、不思議と寂しいとか怖いとかいう気持ちにはなりませんでした。
初めて一人になった夜、ブラインドの隙間からパトカーが見えたのを今でもよく覚えています。映画でしか見たことがなかったあの赤とライトブルーのライトがくるくる回っていて、ああ本当にああいう色なんだ、と思いながらカウチでごろごろしていました。
内陸州の5月の乾いた空気は、なんだかいいことが起きそうな予感をはらんだような、よい香りがしました。

どこで英語を勉強したの?と聞かれると複雑な気持ちになる

ベースで働いていた頃、お客様によくされたのがこの質問です。

"Where did you learn English?"

私の答えはこうでした。

"In one of the most boring States."

するとお客様は「最もつまらん州の一つ・・・?どこだ?」と頭を悩ませます。ちなみに正解者は一人もいませんでした(笑)。ってことはアメリカ人から見たらつまらない州ではないということになりますね。
私が英語を話せるようになったのは、語学留学の経験だけが理由ではありません。むしろ留学していた頃の私は、英語を話せていませんでした。日本語の表現や発想をそのまま英語に置き換えていただけで、伝わる英語ではなかったと思います。
当時の自分の日本語で表現できたレベルをそのまま英語にスライドさせたような感じ…要するに日本語、英語ともに語彙が貧しかったということ。社会に出て切磋琢磨してからの方がボキャブラリーはぐんと増えました。
じゃあ語学留学で一番大きな収穫は何かというと、日本を真ん中にした世界地図だけを見ていたらつまらないということを学習したことでした。面白い文化はどこにでもある、というよりは、異なるからこそそれぞれが面白いのでしょう。
だけどこんな日本人留学生の集団で、日本人以外は基本的に下等動物で日本文化は世界中の人達が憧れる文化=世界の中心だと信じている人達がいました。

この集団がどこの学校に通い、どこから湧いて出てきたのかは知りませんが、私が通っていた語学学校のラウンジに時々出没しました。彼らを見ていて思ったことは「そんなに日本がいいなら日本にいればいいのに」ということ。せっかく海外にいるのにもったいない。

「近づくな」と警告されていたところに行ってしまった

語学学校は13時くらいで終わりますから、その後「泳ぎに行こう!」ということになったある日のこと。内陸州ですから泳ぐとしたら川か湖です。湖は自転車でふらりと行くには遠すぎたため、大きな池のような場所に行くことにしました。
「こんなところを走っていて本当につくの?」
先導していた友人に後ろからそう叫びました。大通りから横道に入り30分くらい走り、そしてさらに奥に入って舗装されていない道を自転車で走ること10分。
行き止まりまで来ると、今にも何か出てきそうな神秘的な池を発見!内陸州も悪くはないなと思った瞬間でした。海沿いの州で暮らしていたら、池を探そうとすら思わなかったはずですから。

Moore's Lake 5

その池は木々に囲まれていて、誰もがそれらの木に登ってそこから池に飛び込んでいました。私達も同じようにして飛び込んで遊びました。そして暗くなる前に明るい大通りに戻ろうと、髪の毛がびしょ濡れのまま走り出しました。
20分も走ると、髪の毛が完全に乾いていました。当時は花火が禁止されていたくらい乾いていた州ですが、その湿度の低さを思い知りました。そして私達は1ブロック間違えて曲がってしまったのか知りませんが、往路では見なかった景色の中を走っていることに気がついたのです

道を間違えちゃったね。

戻ろうか。

そんなことを話していたら、見えてくるのは荒廃した土地と、そしてかろうじて走っているようなおんぼろの車ばかり。

Illinois Road Trip 151

そこで私はようやく思い出したのです。ここは知人に「ヒスパニック系のギャングが多いみたいだから、近づかないようにね」と言われていた、街の南西部だということを。
比較的治安のよい学園都市で生活していて、完全に平和ボケしていた私達が馬鹿でした。
私と友人は来た道を大急ぎで戻りました。徐行しながら私達を追い抜いていく車からの視線が痛くて怖かったです。そのヒスパニック系の人達の顔を見て思い出したのが「ドンタコスったらドンタコス」の節。おびえている友人を笑わせようと思って、ドンタコスったらドンタコス、と叫んでみたのですが、逆にうざがられました。とにかく黙って走れ、と。
もしギャングに襲われて死んでニュースになったら、「バカな留学生」「自業自得」という世間の目が、留学に行かせてくれた自分の親に向けられるのだと思ったら、二人ともものすごい速さで走ることができました。
「あ、見えたよ!XXXXXXXXX Avenue!!!!」

グーグルマップのない時代に留学していたおばさんの戯言は以上です。

関連記事:レイプ坂は本当に怖かった - Inside the gate