豪雨に見舞われた西日本に暮らす方の臨場感あるツイートを見ていて感じたことがいくつかあります。
昼過ぎの時点で、警報バンバン鳴ってたし、JRは四時で終了との報せもみんな知ってた。
— 菓な子 (@kanakolu2) 2018年7月6日
バスも市電もそのうち時間の問題だね なんて言ってたけど、それでも従業員を返さず、結局 帰宅難民が大量に出てしまった。
これは会社として、最悪の対応じゃないかと。
日本ももっと合理的に考えてよいのではないか
私がベースで働いていた頃、警報が発令されると、天候が悪くなり公共の交通機関が止まってしまう前に、一部の機関(消防等)で働く人達を除き、皆あたりまえのように帰宅させてもらっていました。NEX(米軍関係者やその家族達が利用する小売店)ですら閉店していました。
これを「わーすごい!」と思うのはおかしくて、むしろこれをあたりまえだと思える感覚を日本人も持つべきなのではないかと思うのですが、現在の日本はそれと真逆で、帰宅難民になってもしようがないと受け入れざるを得ない空気があります。
「天気予報や警報を見て『これは電車止まるなぁ』と思ったから、会社の近くのホテルを予約しておいた。皆もこのくらいして出社しろよ」とドヤ顔で語る社畜にならなければ、評価されない社会。
日本はお客様のために従業員が自分を犠牲にすることを美徳とする文化が根強く残っていて、ベースで働くことで、その文化を外側から眺めることができたわけですが、安月給でもベースで働いていたほうがいいやと思う理由の一つが文化の違いでしたね。
「従業員は客のために自分を犠牲にしてあたりまえ」の精神論
例えばツイートの主の菓な子さんが勤めていらっしゃる店舗の従業員が豪雨で帰宅不可能になる前に帰宅して店を閉めたとしましょう。すると客がやってきて既に閉店していたからといって、苦情を申し立てるでしょうか?そんな状況(こんな日であれば従業員だって早く帰宅させるべきだろうという状況)で苦情をいう自分が馬鹿に見えるからおそらく申し立てないでしょう、と考える人もいれば、こんな状況であっても客のために利益関係なしに頑張るべきだ!という人もいて、後者はおそらく「あの店に行ったらあの程度の雨で閉店していたから、俺はもみじ饅頭が買えなかった!客をもっと大切にしろ!」とクレームをつけるタイプの人。
「こんな時だからこそ、たった一人のお客様、たった500円のお客様でも皆で大切にしよう!」と言って従業員を帰宅させないような馬鹿な上司はさすがにいないと思いますが、日本社会にはこういう見えない強い精神的な縛りがあると思いました。
従業員の仕事を「プライベートを犠牲にしてまで自分に仕えてあたりまえだ」と思っている客をどんどんつけあがらせる土壌。そして帰宅難民になった人を家で待つ家族に何かあったとしても、なんとかして責任逃れをしようとするであろう雇用主。
結局幹部が楽をしたいから社員達が帰宅難民になるのではないか
社員達を帰宅させれば当然その日の仕事はそこでおしまいで、その遅れは翌日以降にまわってくるわけですが、そんなつけは「まあ災害時だからしようがないよね。大変な時はお互い様」というわけにはいかないのが日本社会なのです。どんな状況でも100%を求められる。例えば70%のところで帰宅してしまった翌日以降の処理や対応をとりしきることに関して、幹部が逃げ腰になっているから社員達がその犠牲になっているのではないでしょうか。社員達の上に立つ人に「いいよいいよ、なんとかするから」と言えるだけの能力がない。その遅れにより生じた損失・トラブルに対する責任を逃れたい。
そのトラブルに対し、国民がもう少し寛容になれる社会になるとよいなぁと思います。あと50年くらいかかるだろうから、私はその日本の姿を見ることはないでしょう。
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