Inside the gate

米海軍横須賀基地でお仕事をしたいと思っている人達のためのサバイバルガイド。情報が古いということが玉に傷です。英語学習や異文化に関するエッセイも書いています。

パク・ヨンミさんの著書を読んで知った砂漠という自然の厳しさ

 先日の記事に続き、生きるための選択 ―少女は13歳のとき、脱北することを決意して川を渡ったのレビュー記事です。

青島は近代的な港湾都市で、黄海を挟んだ向かいには韓国がある。パスポートを持っている人なら、ほんの一時間あまりのフライトでソウルの仁川空港に辿り着ける。でも、脱北者は自由のためにより長く険しい回り道をしなければならない。

(p228より引用)

こうして著者のヨンミさんとお母様を含んだ脱北者達が、いよいよ中国を逃れ、モンゴル経由で韓国へと亡命しようとします。目指すはモンゴルとの国境にある、ゴビ砂漠の真ん中の埃っぽい小さな街・エレンホトでした。

エレンホト市 - Wikipedia

ゴビ砂漠~地理の授業で暗記しませんでしたか?

本書を読んでいて、ゴビ砂漠を吹き抜ける冷たい風の音や匂いが伝わってくるようでした。私が中学生の頃「暗記しやすくていいな」くらいにしか思っていなかったその広大なゴビ砂漠ですが、その位置だけでも習って、そして覚えていてよかったなと思いました。
ヨンミさんの人生というノンフィクションを読みながら、自分の中で想像するゴビ砂漠はほぼフィクション。だけど地理の授業で習った予備知識は、今回の読書をいっそうよいものにしてくれたことは間違えありません。

The Wastelander

砂漠と言えば観光しか思いつかなかった自分

零下三十度まで下がるといわれていた、砂漠の寒さがもっとも厳しくなる時期を選んでモンゴル入国を試みたのは「こんな時期に凍死の危険をおかしてまで脱出する者がいるとは中国の国境警備隊も予想していないだろうから、警備も緩いはずだった」から。
そしてヨンミさんは以前潜伏していた中国・瀋陽で購入したコートを着てきたことをすぐさま後悔することになりました。確かにこのコートなら身軽だけど、防寒具としては氷点下のゴビ砂漠ではまったく足りなかったからです。

「砂漠で明るい光が見えたら、それがモンゴル側の町の明かりだからそちらをめざすように。中国側の町の明かりはより暗いので、その方向には行かないこと」

コンパスと星の光を頼りに北へ、北へと歩き続けますが、なかなかその明りは見えてきません。
砂漠を歩いている間、中国側の警備隊に見つかったら北朝鮮へ強制送還です。そこで待ち受ける生き地獄で苦しんでから死ぬよりは、見つかったらその場で自ら命を絶とうと、ヨンミさんとお母様は準備もしていました。
凍りついた鴨緑江を走って中国側へ渡った時とは比べものにならないくらいの距離を、恐怖と不安、寒さ、飢え、極度の疲労に耐えながら歩き続けたのです。地理のテストで点数を確実にとるために覚えた重要キーワードの一つでしかなかったゴビ砂漠の広大さと厳しさを、ヨンミさんの回想を読んで学習しました。
そして砂漠と言えば観光しか思いつかない自分は、やはり平和な国で生まれ育った人間なのだと思いました。

絶対にお供などできない厳しい旅。ノンフィクションで読ませてもらえてよかった

五つの鉄条網を越えたら高い塀が見える。そこが国境、と言われ、それを目指して歩き続けた一行は、ついに五つ目の鉄条網を見つけます。だけどそこを越えてもなかなか塀は見えてきません。寒さが増していく中で、何度も死が頭をよぎります。幻覚も見えてきました。
そしてようやく国境の大きな塀が見えてきた時、その金網にあいた穴に引っかかった服の切れ目を見て、以前にそこを通り抜けた人のものだと確信しました。そしてそこをくぐりぬけて、ようやくモンゴルに辿り着きました。
「無事に辿り着くのだろうな」という前提なのに、読んでいるだけでも辛くなる章でした。砂漠の大自然特有の厳しさだけでもきついのに、国境警備隊にいつ見つかるかわからない恐怖まで抱えて歩いた人達の「自由への長く暗い旅路」をこうして読ませてもらえてよかったです。


 ◆英語版(Kindle) In Order to Live: A North Korean Girl's Journey to Freedom

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