Inside the gate

米海軍横須賀基地でお仕事をしたいと思っている人達のためのサバイバルガイド。情報が古いということが玉に傷です。英語学習や異文化に関するエッセイも書いています。

コンビニのお惣菜包装ラインのバイト体験記


もう今から10年以上前になりますが、ある大手コンビニのお惣菜の加工ラインの短期バイトをしたことがあります。もともと二週間くらいのバイトだったと思いますが、2日で逃げ出しました。

まずひとことで言い表すと、そこには桐野夏生ワールドが広がっていました。

鬱々とした世界。暗さの理由は・・・

桐野氏の「OUT」という作品を読まれた方は多いと思います。そこに登場した四人の女性達は、経済的な苦しさから鬱々とした生活を送っている、コンビニ弁当の加工のライン作業をしている同僚達でした。彼女達のシフトは時給のいい夜勤。
桐野氏のこの作品を読んで「いつか絶対に私もこのバイトに潜入してやる!」と思っていたのです。自分も小説の中でこのシーンを書きたかったし、私みたいに作家として実績も認知度もない人間は取材でーすといって工場に入れてもらえるはずもありません。だったら自分で潜り込むしかない。
そこで自宅から車で20分ほどのところにある工場が、コンビニ弁当の製造・加工の短期バイトの募集をしていたので応募しました。

おばさん達の怒鳴り声が響く作業室

面接で「で、調理、加熱、加工とあるけど・・・・ふ~ん。加熱希望?本当に大丈夫?夏に加熱、軽く死ねますよ」みたいなことを言われ、じゃあ加工で、と深く考えずに答えました。もちろん私もOUTの世界を見るために夜勤希望。
出勤初日、加工ラインが数列ある工場のどこからともなくばばあの怒鳴り声が聞こえてきます。OUTで読んだどんづまり人生を送る中年女性のイメージが頭の中で膨らみました。そして社員さんに「じゃあマリアさんは●ラインに入ってくれる?」といわれました。
私はラッキーでした。なぜならそこは男性と若い女性が多いラインだったので、ばばあに怒鳴られることはなかったのです。だけどライン全体でばばあの数が多いというのは理にかなっているなと思いました。
といいますのも、自分がラインの中に入ってみて思ったのですが、完全に分業・流れ作業のためなかなかトイレに行けないのです。 ですから生理中の時なんてどうすんだろって思いましたよ。となると閉経済みの女性達でラインを固めれば途中で抜ける人も少ないから、ラインを止めなくても済むというわけです。

行けば行くほど楽になる。だけどその前にやめてしまう

ばばあがラインにいないからといって、何も言われないわけではありません。
私のように短期バイトで来ている人間は、何もかも初めてなのです。対して普段からラインに入っている人達は、惣菜ごとにどの食材が何グラムで位置はどこで、そしてどう手を動かしたらラインの流れについていけるかということをよくわかっていますし、体も慣れています。そんな人達から叱責を受けることは多々ありました。

「ツナが紫たまねぎの上に進出しすぎ!」

「茄子が乱れてる!」

ツナが進出・・・・・。
茄子が乱れてる・・・・・。

冷静に脳内で繰り返してみると笑いがこみ上げてきて、ああ、マスクをしていて助かったなぁと思いました。
だけど私にとっては新鮮で面白いことでも、彼らにとっては日常的なことにしかすぎません。またこの仕事はこなせばこなすほど楽になります。なぜなら各食材の分量や配置場所はとにかく「慣れて覚える」ことが大切で、頭も体も覚えてしまえば作業スピードも上がるのです。だけど慣れる前に辞める人が多いから会社側も困っているのでしょうね。

バイトや社員だけではなく、派遣社員もいるのですが、一度派遣されるともう二度と戻りたがらないスタッフがあまりに多いため、「いったい何がそんなに大変なんだろう」と派遣会社の営業社員が一度覆面で潜入したそうです。そして現場の状況を目の当たりにし、なぜコンビニのお惣菜・弁当の加工ラインが慢性的な人不足に悩むのか理解できたんですって。
金切り声で怒鳴るばばぁ達がいなくなればそれでいいのかというと、そうでもないんですよね。きっと彼女達がいなくなったらその下にいた人達が同じことを繰り返すと思います。

怒鳴ってばかりいるおばさん達。その怒りは本当に従業員に対する苛立ち?それとも自分の人生に対する怒りのやり場がないから従業員にやつあたりしているの?

で、怒鳴っているばばあ達なんですけど、なんでそんな言い方するのかね?と思うようなきつい言い方をするんですよね。そもそも怒鳴る必要ある?ってところで怒鳴るし。きぃーきぃーうるさい。
ああいう風に怒鳴るにも、エネルギー要るでしょ?って思うんですけど、多分彼女達は怒鳴ることでエネルギーをチャージしているのかな、と思いました。なんて不幸なんでしょう。彼女達が不幸であることは、眉間に刻まれた皺を見ていてもわかりました。
そしてその怒りは純粋に仕事に関するものなのか、それとも自分達の思うようにいかない人生に対する怒りなのか、どちらなのでしょう。
また、驚いたことに怒鳴られている人達は、誰一人としてすみません、とは言わないのです。またばばあのヒステリーが始まったって感じでしら~っとしているんですよ。いちいち受け止めていたらやっていられないのでしょうね。
30代くらいの女性でもヒステリックに怒鳴る人はいました。自分だって最初の頃は怒鳴られて辛かったただろうに、なんでいざベテランになったら自分も同じことを繰り返してしまうのだろうと、不思議でなりませんでした。でも彼女のメイクを見る限り、心に問題を抱えていそうな人だったので仕方のないことなのかもしれません。

というわけで、二日で逃げました

私の予想では、夜勤はまだましな方だと思います。日勤の方がおばさん率が高いと思うので、もっとうるさいはず。そのまだましな夜勤ですが、実は私は二日だけ出勤して辞めてしまいました・・・。だけど二日間の経験だけでも、取材としては十分すぎるくらいでした。そのくらいコンビニ弁当工場の闇は深い。
ベースで働きだしてからこの話を当時のフィリピン人の同僚にしたら、「私なんて一日でやめたよ。ばばぁが意地悪すぎる」と言っていたほどです。家族への送金のためならどんな仕事でも歯を食いしばって頑張るはずのフィリピン人が一日で辞めてしまうくらいきつい仕事が日本のコンビニの便利を支えているのです。

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工場夜景クルーズって聞いたことありませんか?あの工場地帯の光の魅力って、実は工場の内側の暗さとのコントラストなんじゃないかなって、実際に夜の工場で働いてみて思いました。
外側から見ると工場地帯独特の寂しく怪しい明るさがあるのでしょうけれど、その光を通じて乗客達は工場の中に広がる暗い世界を見ているのではないでしょうか。