現在はどうかわかりませんよ。私が通っていたのはもう十年以上前ですから。しかも交通量がそれほど多くない田舎ですし。
初めての教習。近くの駐車場でちょっと練習した後、さあ公道に出ようかって言われて青くなったことがまるで昨日のように鮮やかに思い出されます。
(注:この建物とゆるい自動車教習所は何の関係もありません。実は私の学び舎です)
運転に慣れてくると「ねえ、今流れてる曲ってなんていう曲?」と助手席に座っている講師に聞かれて、運転する私が「それは・・・・・」とラジオのビルボードヒットチャートから流れてくる曲の名前を答えるという感じでした。
「あなたはアメリカンなんだから私よりもよく知ってるはずでしょう」と心の中では思いながら。
またそのロブ(仮名)という講師は時々ではありますが、三歳になるお嬢さんを後部座席に座らせて教習しなければなりませんでした。私達大人二人と幼女一人の計三人を乗せた教習車から聞こえてくるのはなぜか瀧廉太郎の「花」。ちょっと異様ですが、これには理由がありました。
「何か日本の歌を歌って」と言われたのですが、日本のポップスはところどころ恥ずかしい英語が入っているので歌うのはちょっとためらってしまいますよね。そこで「歌詞が全部日本語って言ったら・・・やっぱり昔の楽曲だよな」と思い「花」を歌ったら、それがウケてしまったんですね。
"That sounds so pretty. Can you sing it again?"
アンコールにお答えしてもう一度歌ったら、隣で寝始めるロブ。やる気はあるのでしょうか。
「あの・・・ロブ、起きてくれる?っていうかここから先どこへ行けばいいの?」
「ごめんごめん、あまりに優しい曲調で・・・。なんていう歌?あ、そこの交差点を左折して」
「『花』っていうの。もともとは二部合唱でもっと綺麗なんだよ」
「そうか・・・。じゃあ君が日本人の友達を連れてきたら合唱できるってこと?」
翌日語学学校に行って、日本人の生徒をスカウトしました。
「私アルトやるからさ、あなたソプラノやらない?」
厳密には私はアルトしかできません。ソプラノなんて高くて出ませんから。そして次の私の教習に彼女がついてきてくれて、ロブと彼の娘に『花』の二部合唱を披露しました。もちろん私は運転中。クラスメートは後部座席でロブの娘の隣に座り、ソプラノのパートを見事に歌いきってくれました。
ロブ感動。娘は花をハミングしながら、私が揚げた鶏の唐揚げをパクついています。もう教習じゃなくてただのピクニック。
最終教習を終えた記念に、ソプラノのパートを歌ってくれた子と一緒にロブの家に招かれました。
ええ、奥さんの前でも『花』を歌わされましたよ。「花」が区指定愛唱歌だなんて、墨田区羨ましいぞ。