Inside the gate

米海軍横須賀基地でお仕事をしたいと思っている人達のためのサバイバルガイド。情報が古いということが玉に傷です。英語学習や異文化に関するエッセイも書いています。

ルワンダ虐殺を生き延びた人々の現在

フェイスブックにHumans of New Yorkというページがあり、ニューヨークのみならず世界各地に飛んで行き、現地で出会った人々から聞いたストーリーを紹介しています。この記事を書いている現在はルワンダからのストーリーを紹介しています。


1994年のルワンダ虐殺の生き証人達が語るストーリーは、1回では伝えきることができないため、このように何回かに分けて語られているのですが、彼らがなんとか今は幸せに暮らしている様子がわかります。この様子を読んでいると、家族を殺され、自分は生き延びヨーロッパに亡命した、ルワンダに帰りたくても帰れない人々のことを思い出しました。

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もう虐殺は終わったのに、まだフツ族に狙われているのではないか、と怯えなければならない人達。そして一時帰国して目の当たりにしたルワンダの変化に対する憤り。「皆虐殺の悲劇を忘れてしまっている。それでよいのか?」
「ルワンダが復興・発展していくには許すことしか道が残されていない」と現大統領は言います。
悲劇を忘れさり、前を向いて生きているように見える人達も実は深い悲しみをまだ心の中に抱えているのではないか、とHumans of New Yorkのルワンダ・シリーズでストーリーを読んでいて思いました。
マチェーテや銃を持ったフツ族の集団が自分の名前を叫びながら近づいてくる恐怖。友達や親せきに匿ってもらうも、数日、あるいは1,2週間が限界。そしてその人の家の裏にあるやぶに身をひそめる。そしてそのやぶは棘が多ければ多いほどよい。なぜなら連中が避ける場所だから。トイレは隠れ場所として思いつきやすいところだけどそれと同時に最も危険。なぜなら連中が死体を捨てに来る場所だから。
息をひそめて隠れていたら連中が長身の男性を取り囲んで連れてきた。それは自分の父親だった。これから目の前で起こるであろうことが何なのかくらいわかっている。だから目をつぶり耳をふさぎ、目を再び開けたらそこに立っているのが自分の父親でないことを祈るけど、何度見ても自分の父親で、愛する父親が殺される瞬間に叫び声すらあげることができない。
そういうものを見てきたルワンダの人々の目はどんな目をしているのだろうと思います。
またフェイスブックでストーリーを読んでいると、人々を救うべき立場にあるキリスト教会の司教達が真っ先に逃げてしまい、その裏切りに対し、または神そのものに対して絶望する人々の気持ちが書かれていました。ああ、ここはレヴェリアン・ルラングァ氏の手記にも書かれていた、と思い出しました。


だけど逃げずに最後まで信者達を見捨てなかった聖職者もいます。それが今回HONYのシリーズで紹介されていました。



この方は牧師さんです。
他には同じシリーズの他のストーリーのコメント欄でシェアされていたCelestin Hakizimana司教。
フランス語あるいはドイツ語が分かる方は以下を動画をご覧になってみるのもよいでしょう。


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